2025/08/22 20:42

大阪で生まれた私にとって東北は未開の地。
文字通り道の奥=みちのくという感覚だ。
梅雨入り間近、初めて福島県を訪れた。
胸の奥にひそやかな高鳴りを感じながら、裏磐梯高原へと車を走らせる。空は灰色に覆われ、雨の気配を帯びていた。
辿り着いたのは桧原湖畔にひっそりと佇む大山祇神社。
湖畔沿いの車道から少し下った場所にあるため、うっかりすると通り過ぎてしまう。
木々に囲まれた細い道を降りていくと、左手に境内が見えた。
と、その瞬間、右手には鳥居があることに気づいた。
足もとは湖に沈んでいる。
ここは「湖底に沈む鳥居」が眠る場所なのだ。
1888年、磐梯山の噴火によって会津米沢街道の宿場町「桧原宿」は湖底に沈んだ。
しかし社殿だけは水没を免れ、今も湖のほとりに立ち続けている。冬になれば水位が下がり、沈んだ鳥居やかつての参道が顔を覗かせるという。
私が訪れた六月初めには、鳥居の下部も参道も湖水の底に隠されていた。
参拝を終え、振り返る。
鎮まった湖面が、まるで水鏡のようだ。
急ぎカメラを構えた。
対岸の山々の稜線、灰色の空、そのすべてを映し込む。水上に山が浮かび上がったかのような、不思議な光景だ。時の流れが止まったかのような錯覚を抱く。
やがて雨がぽつりと落ちはじめ、湖面に波紋が広がる。釣り船が静寂を切り裂き、水鏡が失われてゆく。
急に現実に引き戻された。
ほんの束の間の奇跡。
さまざまな自然条件が重なって生まれた景色だった。
旅先では、このように思いがけず美しい世界に立ち会うことがある。それは与えられた贈りもののように思える。その度に、深い感謝とともに心が満たされる。
この世界は、美しい。
そのことを大自然は景色で私に示してくれている。
忘れてはならないのは、感謝と同時に畏怖の心だ。
大自然と対峙したとき、人間はその存在の小ささを思い知り、生かされていることへの静かな感謝が湧き上がってくる。